かにみそにっき

作家。美術書などを中心に、本・絵本・映画についてのメモ。

やがてこころの底ふかく沈んで 「考えの整頓」の感想。

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 NHKEテレのピタゴラスイッチや、2355,0655でおなじみの

クリエイターの佐藤雅彦さん。(2355って何?という方は今すぐ検索!)

この本は、彼が暮しの手帖で連載している「考えの整頓」というコーナーが

書籍化されたものです。(2014年4月現在も連載は続いております。)

 

  日々の暮しの中で発見したちょっとした出来事・疑問を取り上げ

ハッとする視点から観察をして、ドキっとする発見をする。

「毎月新聞」「プチ哲学」など過去に出版された本にも共通する

“雅彦節”と(勝手に)命名したくなるような、心地よい読み味が

特徴です。

 

  • おまわりさん10人に聞きました
  • 広辞苑第三版 2157頁
  • 板付きですか?
  • 一敗は三人になりました

 

 などなど意味深なタイトルが多いのですが、読んでいくとタイトルの意味が

するするーっとわかっていき、最後には小さな爽快感とささやかな幸福に

包まれます。

 

 佐藤さんの視点が描く世界は何ともミニマムで、全てが

箱庭の中で行われているかのような居心地の良さは、野心を持って遠くばかりを

気にしてしまったり、刺激を求めるあまり身の回りの出来事が退屈に感じて

しまう、そんな現代病にむしばまれた心にじーんときます。

面白い事はこんなに身近に溢れているんだという喜びと、それを拾うも捨てるも

自分の気持ち次第だという事を再認識させられます。

 

おまわりさん10人に聞きました より一文引用します。

世の中に製品として流通しているモノがいくら多くとも、

我々人間の暮しの多様性を網羅できる訳ではありません。

そこに個々人の知恵と工夫が入り込む余地が多く生まれます。

その工夫が成功した暁には、程度はどうあれ生活環境や

仕事環境がより便利なものに変わるのですが、

私が好きなのはその便利さはもとより、それを考えついたり

行ったりすること自体が、とても人間的で、暮らしを生き生きさせる

ということなのです。

 

私が一番心に残ったのは、長年愛用していた万年筆が壊れてしまったお話。

プロの元へ修理に出したものの、どうしても今までの書き心地は戻りません。

佐藤さんはその時、万年筆がいかに「自分の殻の内側」にいたのかを気づかされます。

以下、"この深さの付き合い”より引用。

 

 

この万年筆とは、ある「深さ」で付き合ってきたんだな、

ということが、あのなめらかさを失い、身に沁みて分かったのである。

妙な言い方になるが、口がきける同士ではなかったので、お互い、何も、

そのことについて言葉にして語り合うことなど無かったし、

付き合い方もお互いが接している手や指先周辺だけのことだと思っていた。

しかし、字や線を書く時に受けていたあの有り難い感触を享受していた

のは、自分の内のやや深いところであったのだ。

 

作り手ー使い手というモノを介しての人間関係すら越えた、それが無くなると

大切な人を失ったような悲しみをもたらすほどの モノ自身への慈愛。

誰しもがこの感情へ共感できるエピソードを持っているのではないでしょうか。

 

 

佐藤さんの文章の方向性は、暮しの手帖が掲げる一文を思い出します。

以下その文章を引用して〆にしたいと思います。

 

これは あなたの手帖です

いろいろのことがここには書きつけてある

この中のどれか一つ二つはすぐ

今日あなたの暮しに役立ち

せめてどれかもう一つ二つは

すぐには役に立たないように見えても

やがてこころの底ふかく沈んで

いつかあなたの暮し方を変えてしまう

そんなふうな

これはあなたの暮しの手帖です。